Graduate School of Engineering, Kobe University

研究活動Activity

「社会に要請に応える新しい科学技術」に関する研究を推進するために機動性のある研究体制を構築しています。

2024年09月24日

左右にねじれた立体配座 (左右性) を有するホスト分子とゲスト分子の1:1相互作用を解析する新規手法を開発

 神戸大学大学院工学研究科の鈴木望講師、名城大学の田浦大輔准教授、広島大学の灰野岳晴教授の研究グループは、左右にねじれた立体配座 (左右性) を有するホスト分子とゲスト分子の1:1相互作用を解析する新しい方法論を開発しました。また、本手法により、熱力学的パラメーター (エンタルピー変化とエントロピー変化) や平衡定数、モル円二色性 (モルCD) (*1) (*2) を決定することが可能となりました。今後、1:1ホストゲスト相互作用を利用したキラル化合物の合成・分離・センシングの評価に役立つと期待されます。

 本研究成果は、2024825日に、John Wiley & Sonsが発行する「Angewandte Chemie International Edition」にオンライン掲載されました。

ポイント
・従来の1:1ホストゲスト相互作用の平衡モデルに、ホスト分子の左右性を加味した新規平衡モデルを提示した。
・温度可変円二色性 (VT-CD) を用いて、左右性を有するホスト分子とゲスト分子の1:1相互作用を解析する新規手法を開発した。
・理論解析により、1:1ホストゲスト相互作用における熱力学的パラメーター (エンタルピー変化とエントロピー変化) や平衡定数、モルCDを決定することが可能となった。

背景
 左手と右手のように、鏡像と重ね合わせることのできない化合物をキラル化合物 (R体やS)、それ以外の化合物をアキラル化合物と呼びます。キラル化合物は、その立体化学的な性質から、医薬品や甘味料、香料、除草剤、殺虫剤、液晶材料、非線形光学材料など、幅広い用途で用いられています。このため、R体やS体を作り分ける不斉触媒や分離する光学分割材料、検出・定量化可能なキラルセンサーを開発することが重要となります。近年、このようなキラル材料への応用を目指し、左右性を有するホスト分子とゲスト分子の弱い相互作用 (非共有結合) を利用した分子認識系の構築に関する研究が盛んに行われています。これまでに、左右性を定量化する方法として、プロトン核磁気共鳴 (1H-NMR) が用いられていましたが、ジアステレオマー (*3) の関係にある左右の構造間の変化が1H-NMRのタイムスケールより速い場合には、1H-NMRを利用することができませんでした。また、従来の1:1ホストゲスト相互作用の平衡モデル (システムA) (図1) では、ホスト分子の左右性が考慮されておらず、左右性を有するホスト分子とゲスト分子の相互作用を詳細に解析することができないという問題点がありました。

図1.従来の1:1ホストゲスト相互作用の平衡モデル (システムA) と本研究で提示した新規平衡モデル (システムB).

研究の内容
 本研究では、従来の1:1ホストゲスト相互作用の平衡モデル (システムA) (図1) を見直し、新たに、ホスト分子の左 (M, Minus) と右 (P, Plus) にねじれた立体配座 (HMHP) を加味した平衡モデルを提示しました (システムB) (図1)。本平衡モデルに基づき、数式を導出したところ、VT-CD測定が有効な方法であることが明らかになりました。VT-CD測定は1H-NMR測定のようなタイムスケールの制約がないため、より広範囲な系に適用することが可能です。本手法をアキラルなカプセル型やピンセット型のホスト分子とキラルなゲスト分子 (図2a)、あるいは、キラルなリング型のホスト分子とアキラルなゲスト分子 (図2a,b) 1:1相互作用に適用したところ、いずれも実験値をよく再現する理論曲線が得られました。また、理論解析により、1:1ホストゲスト相互作用におけるパラメーター (エンタルピー変化とエントロピー変化) や平衡定数、モルCDを決定することが可能となりました。

図2. (a) 本研究で解析した左右性を有するホスト分子とゲスト分子の概念図. (b) ジアステレオマーの関係にある左右性を有するキラルなリング型のホスト分子 (HMHP) (pSpR) とアキラルなゲスト分子の1:1相互作用における平衡モデル.

今後の期待
 本研究で提示した新規平衡モデルは、従来の平衡モデルに、ホスト分子の「左右にねじれた立体配座 (左右性)」を加味しており、これまでに困難だった1:1ホストゲスト相互作用の理論解析を可能とすることから、重要な研究成果であると言えます。今後は、提示したモデルを他のホスト-ゲスト系に適用し、その一般性や有用性を示すとともに、ポリマー系にも適用可能な新しい理論モデルの開発に取り組む予定です。

謝辞
 本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B) (21H01740) の支援を受けて実施されました。

論文情報

タイトル
Temperature-Dependent Left- and Right-Twisted Conformational Changes in 1:1 Host-Guest Systems: Theoretical Modeling and Chiroptical Simulations

DOI
10.1002/anie.202413340

著者
Nozomu Suzuki,*,[a,b] Daisuke Taura,*,[c,d] Yusuke Furuta,[d] Yudai Ono,[e] Senri Miyagi,[f] Ryota Kameda,[g] and Takeharu Haino[e,g]

[a] Department of Chemical Science and Engineering, Graduate School of Engineering, Kobe University
[b] Department of Human Studies, Faculty of Arts and Humanities, Shikoku Gakuin University
[c] Department of Applied Chemistry, Faculty of Science and Technology, Meijo University
[d] Department of Applied Chemistry, Graduate School of Science and Technology, Meijo University
[e] International Institute for Sustainability with Knotted Chiral Meta Matter (WPI-SKCM2), Hiroshima University
[f] Department of Chemistry, School of Science, Hiroshima University
[g] Department of Chemistry, Graduate School of Advanced Science and Engineering, Hiroshima University

*Corresponding Author

掲載誌
Angewandte Chemie International Edition

公表日
2024年8月25日 (オンライン公開)

用語解説

円二色性 (CD) (*1)
キラル化合物に左回りと右回りの円偏光 (左円偏光と右円偏光) を照射し、それらの吸収の差を測定することで、キラル化合物の立体構造を解析する手法。

モル円二色性 (モルCD) (*2)
左円偏光と右円偏光に対するモル吸光係数の差。

ジアステレオマー (*3)
複数のキラル中心を持ち、それらの立体配置が互いに鏡像関係にない立体異性体。

リンク先
神戸大学大学院工学研究科応用化学専攻 http://www.cx.kobe-u.ac.jp/