Graduate School of Engineering, Kobe University

研究活動Activity

「社会に要請に応える新しい科学技術」に関する研究を推進するために機動性のある研究体制を構築しています。

2024年04月09日

安価なアミノ酸を添加するだけでシート状に培養した細胞を凍結保存可能に

 神戸大学大学院工学研究科の森田健太助教、丸山達生教授らと神戸大学大学院医学研究科の青井貴之教授らの研究グループは、日油株式会社との共同研究において、シート状に培養した細胞をそのまま凍結保存可能にする保存液の開発に成功しました。今後、再生医療や診断システムへの応用が期待されます。この研究成果は、3月26日に、米国化学会の出版するACS Biomaterials Science & Engineeringに掲載され、Supplemental Journal Coverにも採用されました。

ポイント

・ アミノ酸の一種であるD-プロリンを添加するだけでシート状に培養した細胞をそのまま凍結保存可能にした。
・ 将来的に、患者に移植用の皮膚や臓器を簡便に冷凍保存できる可能性がある

研究の背景

 再生医療や細胞療法が進展するにつれて、培養細胞の凍結保存技術の重要性が以前より高まっています。古典的な細胞の凍結保存液に含まれるジメチルスルホキシド(DMSO)とグリセロールは溶液中に懸濁した細胞の凍結保存には効果的ですが、培養容器の底でシート状に培養した細胞に対しては十分な効果を示しません。L体アミノ酸の一種であるL-プロリンは、自然界の生物が自らを低温環境から守る物質として利用されていることが知られています。これを参考に、一部のL-アミノ酸がシート状細胞の凍結保存に有用であることが報告されました。しかし、L体アミノ酸の鏡像異性体であるD体アミノ酸の凍結保存効果についてはほとんど調べられていませんでした。そこで、研究グループでは私たちの体を構成する必須アミノ酸のD体に着目し、シート状の培養細胞の凍結保存効果を調査しました。

研究の内容

 研究の結果、D体のプロリン(D-プロリン)がシート状細胞の凍結保存に最も有効であることがわかりました(図1)。D-プロリンは市販の細胞凍結保存液よりも高い効果を示しました。D-プロリンがシート状細胞の凍結保存を可能にするメカニズムについて検討した結果、D-プロリンは細胞内の酵素を安定化することで凍結状態でも細胞の機能を維持している可能性があることを見出しました。さらに、細胞凍結液に含まれる動物由来の成分を合成物に置換していき、最終的に動物由来成分フリーの細胞凍結保存液を完成しました。

図1 L体、D体アミノ酸を添加した際のシート状細胞の凍結保存効果。古典的な凍結保護剤であるジメチルスルホキシド(DMSO)、市販の細胞凍結保存液、L体アミノ酸、D体アミノ酸の中で、D-プロリンが最も保存効果が高かった。

今後の展開

 今回の研究成果により、比較的安価で単純な組成の凍結保存液によってシート状培養細胞を凍結保存することが可能になりました。さらに、動物由来成分を完全に除いたことにより、シート状の培養細胞を再生医療や細胞療法に用いても患者に免疫反応(副作用)が出にくくなると考えられます。
現在、研究グループはこの研究をiPS細胞に応用することで、実際の再生医療に用いる細胞シートの凍結保存に挑戦しています。将来的に、iPS細胞から作製した皮膚や臓器を冷凍保存し、必要に応じて解凍するだけで移植に用いられる日が来るかもしれません。

用語解説(省略可)

・鏡像異性体
ある分子を鏡写しにした立体構造を持つ分子のこと。

謝辞

本研究は、日本学術振興会の科学研究費助成事業、ENEOS東燃ゼネラル研究奨励・奨学会、豊田理研スカラーの支援を受けて実施されました。

論文情報

・タイトル
Microplate-based cryopreservation of adherent cultured human cell lines using amino acids and proteins
DOI:doi.org/10.1021/acsbiomaterials.3c01834

・著者
森田 健太1,2、八代 朋子、青井 貴之3、今村 龍太郎4、大嶽 知之4、吉崎 舟洋4、丸山 達生1
1神戸大学大学院工学研究科、2神戸大学先端膜工学研究センター、3神戸大学大学院医学研究科、4日油株式会社新規事業開発室

・掲載誌
ACS Biomaterials Science & Engineering
(Supplemental Journal Coverに採用)

関連リンク

・森田健太 助教 Reseatchmap:https://researchmap.jp/moriken
・応用化学専攻 界面材料工学研究グループ:https://www2.kobe-u.ac.jp/~tmarutcm/index_j.html