Graduate School of Engineering, Kobe University

研究活動Activity

「社会に要請に応える新しい科学技術」に関する研究を推進するために機動性のある研究体制を構築しています。

2024年03月01日

錯体化学を駆使したカーボンナノチューブの安定なp型ドーピング

神戸大学大学院工学研究科の堀家匠平准教授、河﨑佳保(博士課程前期課程1年)、小柴康子助手、石田謙司客員教授らの研究グループは、産業技術総合研究所と共同で、カーボンナノチューブのp型ドープ状態の安定性を高める技術の開発に成功しました。

本研究成果は、2024年2月28日、Communications Materials誌にてオンライン掲載されました。

ポイント
・カーボンナノチューブのドーピングにおける錯体化学の概念(HSAB則)の導入
・HSAB則の定量的尺度の導入(吸着アニオン種における化学硬度の量子化学計算)
・アニオン種を異とするプロトン酸をp型ドーピング剤に用いたドープ状態安定性の系統的評価
・自由エネルギー利得を駆動力としたイオン交換によるドープ状態の安定化技術
・高温下で長時間ドープ状態を保持させるためのアニオン種を同定

背景
将来のエレクトロニクスやエネルギーデバイスの素材として、カーボンナノチューブ*1に代表されるナノカーボン材料が注目されています。こうしたデバイスは半導体のpn接合の形成によって機能を生み出すことが可能となります。したがって、カーボンナノチューブでもp型とn型に半導体特性を作り分ける必要があります。

カーボンナノチューブの半導体特性をp型やn型に制御する技術は “ドーピング”と呼ばれ、世界中でドーピング物質やドーピング手法の探索研究がなされています。一方、そのドープ状態は安定性に乏しく、デバイス応用上の課題となっています。特に高温下での安定性は重要であり、例えば、トランジスタは電流印加、光センサや太陽電池は受光によって発熱し、熱電発電素子は長期間熱源に設置して使用されるため、デバイス駆動条件下(高温下)において、いかにドープ状態を保持させるかも重要な課題と言えます。

研究の内容
カーボンナノチューブをドーピングする方法として、“化学ドーピング”が知られています(図1)。本手法は、酸化作用あるいは還元作用を示す化合物をカーボンナノチューブに添加することで電子授受を生じさせ、ホール(p型)または電子(n型)を導入するものです。酸化剤や還元剤は、共役塩基(カウンターアニオン)または共役酸(カウンターカチオン)としてカーボンナノチューブ表面に吸着し、電荷のバランスを担います。

図1. カーボンナノチューブにおける化学ドーピングの概念図.

 

研究グループは、こうして作られるドープ状態を“錯体”とみなすことで、ドープ状態を安定化させるための指針を得ることにしました。錯体の安定性を比較する化学的原理として、“Hard and Soft Acid and Base(HSAB則)”が古くから知られています。すなわち、硬い化学種(サイズが小さく、電荷が局在化した化合物)は硬い化学種と、軟らかい化学種(サイズが大きく、電荷が非局在化した化合物)は軟らかい化学種と、それぞれ安定な錯体を作るという経験則です。

カーボンナノチューブに導入された電荷はπ共役を介して数nmにわたり非局在化するため、軟らかい化学種(イオン)であると想定されます。そこで、軟らかいカウンターイオンを吸着させることで、カーボンナノチューブのドープ状態(錯体)を安定化させることができると着想しました。

しかし、HSAB則は定性的な経験則であるため、化学種の“硬さ”や“軟らかさ”を定量的に扱うための尺度も必要になります。そこで研究グループは、80年代に提唱された「化学硬度」を導入し、これを量子化学計算によって定量化することとしました。いくつかのアニオン種について化学硬度を計算したところ、図2aに示すように、化学構造やサイズの違いによって、“硬さ”が明確に異なることがわかりました。

図2. (a) 使用したアニオンの化学硬度の序列.各アニオンの静電ポテンシャルを可視化して表示している.(b) ドーピングに使用したプロトン酸の化学式.プロトンは水素の引き抜き,アニオンはp型カーボンナノチューブの電荷補償にそれぞれ寄与する.

 

そこで、これらのアニオン種が吸着したp型カーボンナノチューブの高温下安定性を評価するため、塩酸、硝酸、酢酸、硫酸といったプロトン酸(図2b)をドーピングに用いました。プロトンはカーボンナノチューブから電子を引き抜き、ホールを導入する作用を持ちます。また、プロトン酸由来のアニオンはカーボンナノチューブにカウンターアニオンとして吸着し、錯体を形成します。

ドーピングは、カーボンナノチューブの膜をプロトン酸に5分間浸漬させる簡便な処理で行うことができました。ドーピングによってホールが高密度に導入されますが、このことはカーボンナノチューブ膜の導電率が増加し、ゼーベック係数*2が低下することから裏付けられます(図3)。なおラマン分光の結果から、このドーピングによって、カーボンナノチューブは欠陥などのダメージを受けたり、酸との共有結合を形成したりしていないこともわかっており、イオンが物理吸着した錯体として安定性を比較できることを確認しています。

図3. プロトン酸のドーピング前後におけるカーボンナノチューブ膜の導電率とゼーベック係数.

 

ドーピングによって変化した以上の物性値を、ドープ状態の安定性を測るための指標として用いることにしました。ドーピング後のカーボンナノチューブ膜を100 ℃の恒温槽にて保管し、導電率とゼーベック係数の経時変化を調べました(図4)。その結果、硫酸以外のプロトン酸でドーピングした試料については、導電率、ゼーベック係数ともに急激にドーピング前の水準に戻ることから、脱ドープが進行していることがわかります。一方、硫酸を添加した試料ではドーピング直後の数値を維持し、他の酸を用いた場合と比較して高い安定性が確認されました。化学硬度の比較から、硫酸アニオンは他のアニオンと比べて軟らかく、HSAB則に基づく安定性原理が働いていると考えられます。

図4. (a,b) 塩酸,(c,d) 硝酸,(e,f) 酢酸,(g,h) 硫酸をそれぞれドーピングしたカーボンナノチューブ膜を100 ℃で保管した際の導電率(上段)とゼーベック係数(下段)の経時変化.

 

次に研究グループは、硝酸のように不安定なドープ状態を与えるドーピング剤でも、吸着アニオンをより軟らかいものに“置換”することで、安定性を高めることができるのではないか、と着想しました。特に硝酸をドーピングしたカーボンナノチューブは、図3のように非常に高い導電率を示すとともに、ドーピング時の濃度によって導電率やゼーベック係数を制御できることもわかっています(図5)。電気物性を所望の数値に制御できることは大きな魅力であり、こうして得られた特性を高温下でも保持することができれば、デバイス応用の幅も広がります。

図5. 硝酸ドープカーボンナノチューブの導電率とゼーベック係数における硝酸濃度依存性.

 

そこで、硝酸ドープしたカーボンナノチューブ膜を軟らかいアニオン種であるbis(trifluoromethanesulfonyl)imide(TFSI)やbis(nonafluorobutanesulfonyl)imide(NFSI)のリチウム塩溶液に浸漬させることで、アニオン交換を試みました(図6a)。なお、イオン対の形成に伴う自由エネルギー変化を量子化学計算で求めたところ、リチウム塩を用いることでイオン交換が進行可能であることを確認したため、Li-TFSIやLi-NFSIを使用しています。実際、リチウム塩溶液の浸漬前後で元素分析を行ったところ、ドーピングに使用したアニオン由来の元素は減少、TFSI由来の元素が増加することからも交換反応の進行を確認しています。

図6.(a) リチウム塩を用いたイオン交換の概念図(A= TFSI− or NFSI).硝酸ドーピング後,Li-TFSIを用いてアニオン交換を行ったカーボンナノチューブ膜を100 ºCで保管した際の(b) 導電率と(c) ゼーベック係数の経時変化.

 

このようにイオン交換して得られた新たなカーボンナノチューブ錯体は、イオン交換前の錯体が速やかに脱ドープしてしまうのとは対照的に、高温下で1年以上にわたりドープ状態を保持する驚異的な安定性を示すことが確認されました(図. 6b,c)。イオン交換プロセスは、ドーピングしたカーボンナノチューブ膜をリチウム塩溶液にわずか5分程度浸漬させるだけで行うことができ、特殊な設備も不要なため、p型カーボンナノチューブ安定化のための汎用的なプロセス、材料を同定したと言えます。

今後の期待
p型とn型の材料を組み合わせることで機能性が向上するデバイスは、光センサやトランジスタ、熱電発電など、数多く存在します。安定してp型の極性を発現できる本手法は、有機材料を用いた各種デバイスの開発にも大きく貢献することが期待されます。また、n型ドーピングにもその学理を拡張できる余地があり、今後の研究開発にも期待されます。

謝辞
本研究は、科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 さきがけ(JPMJPR19I9)、日本学術振興会 科学研究費助成事業 若手研究(23K13671)の支援を受けて実施されました。

用語解説
*1 カーボンナノチューブ

グラフェンが直径数nmのチューブ状に丸まった構造を持つ一次元ナノ物質。

*2 ゼーベック係数

温度差1 ℃あたり何Vの電圧を発生できるかを示す熱起電力の尺度。p型では正、n型では負の値が観測されるため、極性を調べる方法としても使われる。

論文情報
タイトル
Complex chemistry of carbon nanotubes toward efficient and stable p-type doping

DOI
10.1038/s43246-024-00460-0

著者
河﨑佳保1、原田幾代1(当時)、赤池幸紀2、衛慶碩2、小柴康子1,3、堀家匠平1,3,4、石田謙司1,3,5
1神戸大学大学院工学研究科、2産業技術総合研究所ナノ材料研究部門、3神戸大学先端膜工学研究センター、4神戸大学環境保全推進センター、5九州大学工学研究院)