Graduate School of Engineering, Kobe University

研究活動Activity

「社会に要請に応える新しい科学技術」に関する研究を推進するために機動性のある研究体制を構築しています。

2026年05月15日

身の回りのわずかな温度変化から発電する「マルチレドックスシステム」を開発 ―ユビキタスな熱エネルギーの有効活用に期待―

神戸大学 大学院工学研究科の堀家匠平准教授、栗脇賢(同大学院 博士課程前期課程 修了生)、舟橋正浩教授、秋山吾篤助教、小柴康子助手の研究グループは、産業技術総合研究所の衛慶碩上級主任研究員と共同で、温度変化から発電する熱電気化学デバイスを開発しました。

本研究成果は、2026年5月11日、Chemical Engineering Journal誌にてオンライン掲載されました。

ポイント

従来の熱電変換で必須だった「空間的な温度差(温度勾配)」を必要とせず、「素子の温度が時間的に変化」するだけで発電が可能。

素子の薄型化による内部抵抗の低減と、複数素子のモジュール化により、60℃の繰り返し温度変化から3.9 mJの累積エネルギー出力を達成。

電圧応答を記述するため、電流遍歴を考慮した熱電気化学モデルを構築。

実験室内のエアコンによる日常的な気温変化から電力を回収。

DC-DCコンバータによる昇圧で、液晶ディスプレイやLEDへの給電に成功。

研究の背景
IoT(モノのインターネット)デバイスの普及に伴い、そのデバイスの電力をいかに確保するかが課題となっています。数兆個規模で使用されるIoTデバイスに対し、配線や電池交換などのメンテナンス作業を施すには膨大なコストがかかるため、その場で発電しその場で使う「電力の地産地消」による給電が求められます。

身の回りのエネルギーから電力を得る技術はエネルギーハーベスティングと呼ばれます。中でも熱エネルギーは環境中に広く存在するため、熱電発電は重要な技術とされています。

従来の熱電変換(熱化学電池などの温度差発電技術)は、原理的にデバイスの両端に安定した温度差(空間的な勾配)を保つ必要がありました。そのため、断熱材やヒートシンクなどの複雑な熱・電気設計が必要となり、デバイスの小型化や設置場所に制約がありました。

一方、実際の環境下では、昼夜の気温変化や機器の稼働に伴う発熱など、時間の経過とともに空間全体の温度が変化する「時間的な温度ゆらぎ」が普遍的に存在します。本研究では、空間的な温度差を必要とせず、時間的な温度ゆらぎにより発電するデバイスの構築を目指しました。

研究の内容
研究グループは、反応エントロピー(温度変化に対する電位変化の指標)が正と負で異なる2組の酸化還元対(レドックス対)を、陽イオン透過膜で隔てた「マルチレドックスシステム(MRS)」を開発しました(図1)。

図1. MRSの概念図.(a)反応エントロピーの符号を異とする2種の酸化還元対をセパレータで隔て,電極で挟持した構造.(b)それぞれの酸化還元電位とMRSにおける起電力の概念図.双方の電位が一致する温度(ベース温度)では電極間電位差が発生しないが,加熱あるいは冷却によって,酸化還元電位の差分相当の起電力が発生する.CC BY 4.0

 

このシステムでは、デバイス全体の温度が変化すると、それぞれの半電池において異なる向き(符号)へ酸化還元電位がシフトし、その差を起電力として取り出すことができます。今回、フェリシアン化カリウム/フェロシアン化カリウム対とプルシアンブルーを、室温付近で良好に動作するMRSの材料として特定しました。

実際に図2a,bのようにセルを構築し、発電特性を評価した結果、室温付近のわずかな温度上下動において、1.2 mV/Kという高い温度係数で発電することを確認しました(図2c,d)。これは、従来の熱電変換システムに匹敵する感度でありながら、空間の温度が変わるだけでエネルギーを回収できることを実証するものです。


図2.MRSの(a)イラストと(b)写真.(c)三角波の温度変化を繰り返し入力した際の発生電圧(開放端電圧).(d)温度と発生電圧の関係.ベース温度を境に正または負の電圧が発生していること,その温度係数(比例定数)が反応エントロピーから予測される値とよく一致することから,発電原理を実証.CC BY 4.0

 

また、本システムの電圧応答(負荷接続時)を数式化するため、独自の理論モデルを構築しました。具体的には、電極付近のイオンの拡散挙動を記述する従来のSand式に対し、過去の電流の履歴(電流遍歴)を考慮した一般化を行いました。これにより、非定常な温度変化に伴う複雑な電圧の過渡応答を理論的に説明することが可能となりました。

さらに、電極間距離を短縮する「素子の薄型化」により電気的なロスを抑制し、さらにこれらを連結して「モジュール化」するデバイスエンジニアリングを施すことで、起電力の増加を実証しました(図3)。

従来の熱電発電(熱化学電池)では、空間的な温度差を保つため(熱伝導を抑えるため)、電極間距離を大きく設計する必要がありましたが、こうした設計はインピーダンスの増加をもたらします。本システムは、空間的な温度差ではなく時間的な温度変化に基づいて発電します。したがって、電極間距離を極小化(小型化)することが、インピーダンスの抑制(電流値の担保)や熱容量の抑制(温度変化しやすくする)をもたらしデバイス性能向上に直結します。このように設計指針が明瞭であることも本システムの優位な点です。

図 3.(a)薄型MRSの写真.(b)モジュール化の概念図.直列接続によって電圧を高めることが可能.(c)直列数の増加による起電力(温度係数)の向上.CC BY 4.0

 

実証試験では、実験室内のエアコンによる緩やかな気温変化のみで発電が行えることを確認したほか、昇圧回路(DC-DCコンバータ)に接続することで、液晶ディスプレイ(LCD)の間欠的な表示や、緑色LEDの点灯に成功しました(図4)。


図4.(a)屋内の気温変化による発電挙動(負荷電圧).(b)昇圧回路の接続と液晶ディスプレイ(LCD)およびLEDの駆動.CC BY 4.0

 

今後の展開
ウェアラブルデバイスや環境モニター、さらには構造物内部のセンサーなど、設置場所を選ばない自律電源としての活用が期待されます。今後は、材料の最適化による出力密度の向上や、より広範な環境下での動作検証を進め、ユビキタスな未利用熱エネルギーの社会実装を目指します。

謝辞
本研究の一部は、JST共創の場形成支援プログラムCOI-NEXT(代表者:杉本泰/課題番号:JPMJPF2503)の支援を受けて実施されました。

論文情報

タイトル
Multiple redox system for energy harvesting from ubiquitous temperature fluctuations

DOI
10.1016/j.cej.2026.177202

著者
栗脇賢1、衛慶碩2,3、小柴康子1,4、秋山吾篤1,4、舟橋正浩1,4、堀家匠平1,2,4,5
(1神戸大学大学院工学研究科、2産業技術総合研究所材料基盤研究部門、3筑波大学大学院数理物質科学研究群、4神戸大学先端膜工学研究センター、5神戸大学環境保全推進センター)

掲載誌
Chemical Engineering Journal(Elsevier社の発行する化学工学ジャーナル)

公表日
2026年5月11日(オンライン公開)

リンク先
神戸大学大学院工学研究科応用化学専攻 http://www.cx.kobe-u.ac.jp/