研究活動Activity
「社会に要請に応える新しい科学技術」に関する研究を推進するために機動性のある研究体制を構築しています。
工学研究科 大村直人教授の研究グループが発表した論文“Effect of Water‐Repellent Treatment of Heating Surface on a Leidenfrost Droplet”が、工学的に特に意義のある論文として選ばれ、Advances In Engineering (AIE) のウェブサイトにて紹介されました。論文の筆頭著者の小寺健太さんは、2025年3月に工学研究科の博士課程前期課程を修了し、修士(工学)の学位を取得しました (指導教員 大村直人教授)。大村直人教授の研究グループの論文は2019年、2022年にAIEに紹介されており、今回3回目となります。
AIEは全工学分野における主要な国際学術誌から特に優れた研究論文を取り上げて、自社のウェブサイトで紹介しています。選考委員は世界のトップ大学の副学長や学部長、著名な学術誌の編集委員長などで構成されており、工学の全分野から1週間あたり20報の論文 (全出版数の0.1%以下) が選ばれます。今回、AIEに取り上げられたことから、本論文の学術的・工学的価値が高いことが示されました。また、AIEは世界の民間企業にその研究成果の概要を周知し、コンサルティングやマッチングを行なっているため、今後の国際共同研究への発展が期待されます。
AIEの紹介記事はこちら
Lowering Leidenfrost Onset via Hydrophobic Heating Surfaces – Advances in Engineering
・はっ水処理で液滴が完全に浮上するライデンフロスト温度を約260℃ → 140–160℃へ低下
・140℃でも水滴が表面に接触しないことを観察で確認
・PIV(粒子画像流速測定)で内部の循環流が強まることを定量化し、混合促進や小規模反応(マイクロリアクター)への展開可能性を示唆
高温の表面に触れた水滴が、下にできる薄い蒸気の層に支えられて浮いて動く現象(ライデンフロスト現象)は、冷却や化学プロセスで注目されています。しかし、発生温度が高いことが実用化の課題でした。本研究は表面を“水をはじく性質”に変えることで、この温度をどこまで下げられるかに焦点を当てました。
図1 ライデンフロスト現象: 左は模式図、下は実際の様子(動画)
本研究では、加熱された金属表面に“はっ水処理”を行うことで、水滴が浮き上がる現象(ライデンフロスト現象)がどのように変化するかを実験的に調べました。とくに、(1)浮き始める温度(ライデンフロスト温度)がどれだけ下がるか、(2)浮き上がった水滴の内部で起きる流れがどう変わるか、の2点を重点的に評価しました。まず、無処理面とはっ水処理面の上で水滴を加熱し、温度と蒸発時間の関係を比較しました。その結果、無処理面では蒸発時間が260℃付近で最大となり、これが従来のライデンフロスト温度に相当しました。一方、はっ水処理面では水滴が140〜160℃というより低い温度で浮き始めることが明らかになりました。これは、はっ水処理によって水滴が球形に近づき、底面に薄い水蒸気の層が早い段階で形成されやすくなったためと考えられます。
さらに、水滴の底面を顕微鏡で観察し、粒子の動きから水滴が表面に接触していないことを確認しました。140℃程度でも水滴が完全に浮いており、従来よりはるかに低い温度で安定したライデンフロスト状態が実現することが分かりました。
次に、PIV(粒子画像流速測定)を用いて水滴の内部流れを可視化しました。解析の結果、温度が上昇すると水滴内部の循環流が活発になり、特にはっ水処理面では内部流速が大きくなる傾向が確認されました。これは、形成された蒸気膜の流れによって水滴内部の混合が促進されるためです。
これらの結果は、加熱面の表面性状を変えるだけで、水滴の浮き上がりと内部の混ざり方を制御できることを示しています。浮き上がり温度の低下は、省エネルギー性や安全性の向上につながり、内部流れの活性化は、小規模な化学反応(マイクロリアクター)への応用可能性を広げるものです。
← 図2 はっ水処理により、水滴が浮き始める温度が約140〜160℃へと低下(無処理面では約260℃)© Kotera et al., Chemical Engineering & Technology (2025), CC BY 4.0.
↓ 図3 140℃ですべての粒子が動いていることから浮上を確認(動画)
(上:120℃ 下:140℃)
図4 PIVの測定から温度が高いほど内部流動が速くなることを確認 © Kotera et al., Chemical Engineering & Technology (2025), CC BY 4.0.
今回の研究で明らかになった「水滴が低い温度でも浮き上がるようになる」という性質は、さまざまな分野で役立つ可能性があります。
まず、機械や電子機器を冷やす技術への応用が考えられます。これまでは高温にしないと水滴が浮かなかったため、冷却の仕組みとして使うのは難しい面がありました。しかし、低い温度で安定して水滴が浮くようになれば、より安全で効率的な冷却方法をつくることができます。
また、浮いた水滴の中では混ざり合う動きが活発になることから、小さな化学反応装置(マイクロリアクター)として使える可能性も広がります。水滴そのものが“反応の入れ物”になるため、エネルギーを無駄にせずにさまざまな反応ができるようになるかもしれません。
さらに、表面の性質を変えるだけで水滴のふるまいをコントロールできることから、食品加工、材料づくり、熱を利用する産業プロセスなど、多くの分野で新しい技術や改良のヒントになることが期待されます。
・ライデンフロスト現象
とても熱い表面に水が触れると、水の下に薄い水蒸気の膜ができて、水滴が表面から浮いたように動く現象。
・はっ水処理
表面を水をはじく性質にする加工。これにより水滴が球に近い形になり、下に蒸気の層ができやすくなります。
・PIV(粒子画像流速測定)
水滴の中に入れた微小な粒子の動きをカメラで捉え、内部の“流れの向きと速さ”を計測する技術。
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(A) (JP18H03853)、国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(B)) (JP19KK0127)、基盤研究(A) (JP24H00396)の支援を受けて実施されました。
・タイトル
Effect of Water‐Repellent Treatment of Heating Surface on a Leidenfrost Droplet.
DOI:10.1002/ceat.70099
・著者
Kotera, Kenta & Ota, Ippo & Masuda, Hayato & Komoda, Yoshiyuki & Ohmura, Naoto.
・掲載誌
Chemical Engineering & Technology. Vol.48, Issue 8.