創⽴100周年記念
モニュメント

旧「高工三社」の手水鉢



 これは,神戸大学工学部の前身となる神戸高等工業高校の西代構内にあった「高工三社」と呼ばれる神社で使われていた石造りの手水鉢です.「高工三社」は,1937年(昭和12年)7月,第2代校長の古宇田実先生の発案により,廣田前校長胸像の西隣,楠が生い茂る下(もと)に本格的な鳥居と3つの社殿として創建されたものです.そこには,伊勢神宮の天照皇大神(てんしょうこうだいじん),出雲大社(いずもたいしゃ)の大国主大神(おおくにぬしのおおかみ),北野天満宮の道真公,湊川神社の大楠公のほか複数の祭神(さいじん)が祀られ,生徒は日常的に参拝するよう指導されました.時に1937年(昭和12年)7月は,中国で廬溝橋事件が起こり,日中戦争・太平洋戦争への口火が切られた時でもあり,高工三社の創建も戦時色が強くなっていった当時の日本の情勢とは無関係ではなかったと思われます.

 その後戦火は拡大し,1945年(昭和20年)3月17日深夜の神戸大空襲により,西代の校舎は教官生徒の必死の消火活動も空しく,土木科など一部を残して大部分が焼失し,高工三社ではこの手水鉢が焼け残りました.この手水鉢は,学舎移転とともに六甲台に移設され,現在の地にひっそりと置かれています.小さな手水鉢ですが,その経緯を知ると様々な思いが胸をよぎります.

旧「高工三社」の手水鉢の紹介動画

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